LE PETIT PRINCE


 
 
 王子さまはキツネに聞きました。
「<飼いならす>って、それ、なんのことだい?」
「よく忘れられていることだがね。<仲よくなる>ってことさ」
「仲よくなる?」
「うん、そうだとも。おれの目からみると、あんたは、まだ、いまじゃ、ほか
の十万もの男の子と、べつに変わりない男の子なのさ。だから、おれは、あん
たがいなくたっていいんだ。あんたもやっぱり、おれがいなくてもいいんだ。
 あんたの目から見ると、おれは十万のキツネとおんなじなんだ。だけど、あ
んたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃい
られなくなるよ。あんたはおれにとって、この世でたったひとりのひとになる
し、おれはあんたにとって、かけがえのないものになるんだよ……」
 と、キツネが言いました。


 ここまで読んで、あたしは本を閉じる。
『少しは勉強しないとね』
 と、思ってマンガじゃない本を読んでいたのだけど、
「ふあぁぁっ……」
 あくびが数行読むたびに、出てしまう。
「……うーん」
 あたしはゆっくりと空に向かって手を伸ばす。
 風が、そよそよ。
 日差しが、ぽかぽか。
 とっても、気持ちがいい。
 青い空。
 白い雲がぽっかり、と浮かぶ。
 雲はむくむく、と丸い形になっていく。
 ……肉まんみたい。
 ぐうっ。
 そう思った途端に、お腹が鳴る。
「……お腹空いたな」
 ぽつり、と呟いてお腹をさする。
 お腹の中は空っぽ。
 そして。
 お腹の上にある、胸の中も空っぽ。
 これは多分――『寂しい』って、気持ち。
 ふと、気を抜いてしまうと泣き出してしまうような、気持ち。
 あたしを見ている緑の草達が風に靡いて、ざわざわ、と囁く。
『どうしたの?』
『どうしたの?』
『独りでいるの?』
『寂しいの?』
『また、泣いているの?』
『あの小さな時、のように』
『なら、私たちと遊ぼう』
『一緒に唄おう』
 優しい、声。
「……ありがと」
 あたしはそう言って、ぴょこん、と立ち上がる。
 お尻についた草を、払う
 いつもあたしが泣いていると、優しくしてくれた丘の草原を見つめる。
 昔も、そうだった。
 『あのひと』に会いたくて、草原で小さく丸くなって泣いていた時も。
 草や木々や風があたしを、なぐさめてくれた。
 草は――泣き止まないあたしを包むベッドになってくれた。
 木々は――泣き疲れて眠るあたしに枝を揺らして、子守歌を唄ってくれた。
 風は――頬に伝う涙を優しい風で、拭ってくれた。
 でも……ね。
 そんな優しい自然達も、あたしの『願い』かなえることができなかった。
 あたしの『願い』は――、


 キツネは、また、話をもどしました。
「おれ、毎日同じことをして暮らしているよ。でも、周りのものはみんな似た
りよったりなんだから、おれは少々退屈しているよ。だけど、もし、あんたが、
おれと仲よくしてくれたら、おれは、お日さまにあたったような気もちになっ
て、暮らしてゆけるんだ。足音だって、きょうまできいてきたのとは、ちがっ
たのがきけるんだ。ほかの足音がすると、おれは、穴の中にすっこんでしまう。
 でも、あんたの足音がすると、おれは、音楽でもきいているような気もちに
なって、穴の外へはいだすだろうね。それから、あの麦畑を、見なさい。おれ
はパンなんか食やしない。それどころか、おれはあれを見ると、気がふさぐん
だ。だけど、あんたのその金色の髪は美しいなぁ。あんたがおれと仲よくして
くれたら、おれにゃ、そいつが、すばらしいものに見えるだろう。金色の麦を
みると、あんたを思い出すだろうな。それに、麦を吹く風の音も、おれにゃう
れしいだろうな……」


 本の中の物語。
 キツネは、あたし。
 そして、王子さまは――。
 その時。
 風が、吹いてきた。
 力強い――でも、とても暖かくて優しい風、が。
 あたしは、風に瞼を閉じる。
 手に持った本が落ちて、ページを風になびかせる。
 空の雲が、流れていく。
 風花が、舞う。
 草原がゆったり、と波打つ。
 木々が、ざわめく。
『来るよ』
『来るよ』
『あのひとが』
『あのひとが』
 草原の、大合唱。
 風で閉じていた瞼を、ゆっくりと開ける。
 草原の向こうに、小さな人影が見えた。
『ほら』
『ほら』
『いかなくちゃ』
『待っているよ』
 風があたしの背中を、後押しする。
 あたしは、ありがと、と小さく呟くと人影に向かって歩き出す。
 最初は、心を落ち着けるように、ゆっくり、と。

 あたしと一緒に寝てください。
 ――夜の暗闇が、怖くないように。

 少し、歩調が早足に。

 あたしを抱きしめていてください。
 ――この身体が、温もりを無くさないように。

 次第に、跳ねるように。

 あたしに口づけをしてください。
 ――この想いが、永遠になるように。

 そして、あたしは駆け出す。
 大好きなひと、に向かって。
「――真琴っ」
「――祐一っ」
 ふわっ、
 と、身体が羽根のように軽くなって、あたしは祐一の腕の中に飛びこんだ。

 ずっと、ずっと、大好きなあなたの為に。
 このかけがえのない幸せ、を失わない為に。
 再び、あなたに出逢えた奇跡。
 この想いと一緒に――、

「さっ、真琴。始めようか――」

 ―――あたしを、もらってください。

「―――ふたりだけの、結婚式を」


                               〈了〉

1999.7.28 UP

(参考文献として、サン=テクジュペリ著「星の王子さま」(原題「LE PETIT
 PRINCE」岩波少年文庫刊・内藤濯訳)を引用させて頂きました)


Back to NovelS

inserted by FC2 system