星の欠片を探しに行こう


 
 
 凍て付くような夜空を見上げる。
 空気は澄み渡って、少しこめかみが痛い。
 星光の雨が降り注ぐ。
 三日月がしなやかな獣のような、弧を描く。
 ふぅっ、
 吐息が小さく出て、白く濁った。
 冷たいコンクリートの床に手を付いて、遙か上空の星を見ようと躰を弓反り
にして、瞳に星の光を宿す。
 そんな俺の横で、
「あうーっ、寒いーっ!」
 真琴が叫び声をあげた。
「……あのなぁ、『流れ星を見たい』って言ったのは、お前だろうが」
「だって、だって、もの凄く寒いんだもんっ!」
 そう言いながらも真琴は、ぐるぐるとその場所を小走りに回り続ける。
 その真琴の足下では、ぴろが楽しそうにじゃれついていた。
 よっぽど、寒いらしい。
 まあ、確かに俺もこの寒さには辟易している。
 時間にして――大体、真夜中過ぎぐらいになっているし。
「――んじゃ、諦めて部屋に戻るか?」
「あうーっ、それもヤダっ!」
 これだからなぁ。
 そんなやり取りを幾度となく、繰り返している。
 まあ、コトの始まりというのは大体、突然で。
 いきなり真琴が部屋にやって来て、
「流れ星が見たいっ!」
 の、一言で俺と真琴はベランダで夜空を見上げているのだ。
 真琴のことだ、どうせ何か読んだマンガの影響でも受けたんだろうけど。
 しょうがない。
 と、溜息を吐き出して腰を上げる。
「どこいくの?」
「このままじゃ、凍死しそうだからな。――なんか、温かいモノとってくる」
「だめっ!」
「は?」
 真琴が素早く俺の前に、回り込む。
「祐一もココにいなきゃ、だめ」
「……なんで?」
「なんででもっ!」
 駄々をこねている子供のような、口調。――けど。とても必死な、瞳。
 俺の処に戻ってきてもコレばかりは相変わらず、だ。
 本人――真琴は気が付いていないだろうけど、その薄い群青色の瞳は変わら
ずに何時も何かに怯えて、寄り添うような色彩を伝えている。
 たまらない、ほどに。
 あの時も……。
 俺がアイツを置いて去っていった、あの時も。
 真琴が消えて逝こうとしたあの時も、こんな瞳だったのだろうか?
 心配が胸に戻ってきた。
 ――歪みが、あった。
 ソレが生まれたのは何時から、だろうか。
 俺がこの街に来た時から、かも知れないし。
 初めて真琴と逢ったあの日から、かも知れない。
 ソレは俺達に魔法をかけた。
 俺はソレに気付くコト無く、日々を真琴と過ごし。
 気が付いたときには遅すぎて。――ソレを取り戻そうと俺は必死になった。
 あらゆる気持ちを抱えて云いたい言葉も、沢山あった。
 云えば良かったのだ。みっともないぐらい、に。
 だけど、いつも言葉は気持ちに追い付かない。
 魔法が消え――だから、何もかもが消えた。
 だが。
「……解ったよ。俺もいれば良いんだろ」
「うんっ」
 俺は再びコンクリートの床に座り込む。
 真琴の横に――戻ってきてくれた、僅かな魔法の残滓に。
「じゃあ、祐一はソッチを見ていて。――真琴はコッチを見ているから」
「ああ」
「流れ星みつけたら、ぜーったい教えてよっ!」
 くるり、と踵を返すと真琴はぴろを抱えて俺と背中合わせに、座る。
 ……やれやれ。
 寒さが和らいできた。
 背中が、暖かい。
「……真琴」
「なーに?」
 背中越しの真琴の声に、
「流れ星を見つけて……どうするんだ?」
 ふと、問いかけた。
「お願い事があるの」
「願い事?」
「うん、願い事」
 くすり、と笑みが漏れる。
 今時『流れ星に願い事を』なんて、子供だってやらないだろう。
 俺だって、そうだった。
 目の前のコトに精一杯で、生きていた。『願う事』を忘れるぐらい、に。
 何時しか『願い事』信じていた子供の頃の瞳は曇り、本当の奇蹟の欠片でさ
え見えなくなっていた。
 どきどき、することさえも。
 それが、胸に甦ってくる。――幼子のように。
 この夜空を見上げる、と。
 背中の温もりを感じる、と。

 ほら、うれしくなってきた。
 ――真琴と一緒にいることに。
 ほら、どきどきしてきた。
 ――何かがやって来る、予感。
 ほら、わかってきた。
 ――願えば、絶対に叶うことが。
 その願いが、零れ落ちて――――、

「あっ、真琴っ!」
「――わあっ」
 星が、流れた。
 星達を擦り抜けるように、蒼闇を疾り抜ける。
 そして、すぅっ、と消えた。
「……」
「……」
 互いに何も喋らない。流れ星が消えた方角をただ、見つめる。
「……真琴」
「……ん」
「願い事、できたか?」
「……忘れちゃった」
「おい」
 苦笑が漏れる。
 ぴろがにゃあ、と鳴く。
「……でも、いいの」
 俺は真琴の顔を覗き込む。
 何だか、嬉しそうな――そして泣き出しそうな顔。
「あっちは……ものみの丘だな」
「……うん。お星様、落ちていったね」
「ああ。――明日、行ってみるか?」
「え?」
 不思議そうな顔の、真琴。
 そんな真琴に微笑んで、もう一度ものみの丘を見つめる。
「俺も願い忘れた事があるから……上手くいけば星の欠片があるかも、な」
「――うんっ」
 嬉しそうに俺の腕に寄り添う真琴の暖かさを感じながら。
 俺達は、ずっと星の消えたものみの丘を見つめていた。

 偶然の出逢い。
 偶然の奇蹟。
 そんなものは存在しない。
 出逢いも奇蹟も、きっと必然なのだ。
 真琴が願い。
 そして、俺も願った。
 だから、出逢えた。
 奇蹟が起きた。
 だから。
 明日、ものみの丘へ行って俺の願いを伝えよう。
 大丈夫。きっと叶う。
 俺が――多分真琴も――願っていたことだから。

 ―――俺は、真琴を……。


                               〈了〉

1999.8.23.UP

Back to NovelS


  inserted by FC2 system