秋は電車に乗ってやって来る


 夜が明けきらない、早朝に夢を見た。
 秋が今日の朝の電車に乗ってやって来る夢、だった。

 トゥルルルルルルルルルルルルル――、
 ――――カチャ。
「……あ、由美子さん?」
『あれ? 柏木君、どうしたの??』
「うん、ちょっと悪いんだけど今日の講義の代返、お願いできないかな……」


 朝早くの電車の駅のホームに、俺は立ちつくしていた。
 九月の上旬。まだ、秋と言うには早過ぎる時期。
 ホームには自分一人だけしか、いない。
 目の前の線路に電車が、滑り込む。
 少し、草臥れたオレンジ色をした車両だ。
 ごとん、
 ごとん、
 と、列車が駅のホームに近付くと規則正しい振動が足下のコンクリートから
伝わってくる。
 ――ぷしっ、
 自動扉が、開く。
 ゆるり、と電車の中に足を踏み入れる。
 今朝見た夢を確認するために、俺は電車に乗り込んだ。
 今年の秋がやって来る、のを。
 大学の講義は休んだ。授業は何時でも受けられるが、今年の秋が乗り込むの
は今朝だけだから。
 ごとんっ、
 ワンアクセント置いて、電車が動き出す。
 車内に乗客は誰も居なく、寒々としていた。
 後部車両の、七人掛けのシートのほぼ真ん中に座る。
 かちん、
 かちん、
 と、車内にぶら下がっている吊革達が、至る所で小競り合いをしている。
 それを只、ボンヤリと視線に巡らせた。 
 まだ少し強い朝の日差しを背中に感じる。ちりちり、と首筋が少し日焼けし
ていくのがわかる。
 今朝見た夢を思い出す。
 それは、俺が乗った電車に幾つか目の駅で秋が乗り込んでくるものだった。
 一つ目の駅が、過ぎていった。

 二つ目、

 三つ目、

 四、

 五、
・
・
・
・
 本当に秋は乗り込んでくるのだろうか……。
 と。
 そう思いはじめて、幾つ目かの駅に到着した時。
 自動扉が開いて、涼しげな風と誰かが電車に乗り込む気配がした。
「…………あっ」
「…………え?」
 乗り込んだ人影と俺が、同時に声をあげる。
 俺の目の前に、楓ちゃんが立っていた。

 走り出した車内には、俺と楓ちゃんの二人きりだけだった。
「どうしたの?」
 隣に座った楓ちゃんに、俺は訪ねる。 
 楓ちゃんは白いワンピースに空色のカーディガンを着て、少し大きめのバス
ケットを膝の上に載せていた。
「耕一さんこそ、どうしたんですか?」
 悪戯っぽく、楓ちゃんは俺の言葉をそっくりそのまま返してくる。
「……うん、秋がやってくるのを待っているんだ」
「秋……ですか?」
「そ」
 口元に笑みが、浮かぶ。
「……で、楓ちゃんは?」
 俺が訊く。
 ちょっと、はにかみながら楓ちゃんは、
「……耕一さんに、会えるような気がしたんです」
 そう言って俺の肩にそっ、と寄り掛かってきた。
「……そのバスケットは?」
「お弁当、作ってきたんです――二人で食べようと思って」
「…………そっか」
「……秋はまだ乗り込んでこないんですか?」
 楓ちゃんが、訊く。
「うん、まだみたいだね……」
 左の肩から感じる温もりに、俺は耳を澄ます。
 ごとん、
 ごとん、
 ごとん……、
 二人しかいない電車に、規則正しい振動が伝わる。
 とくん、
 とくん、
 とくん……、
 お互いの心臓の音が、電車の振動と一緒になる。
 暫くして。
 向かいの開け放たれた窓から、風が吹き込んできた。
 風力1の至軽風。
 煙が静かに靡き、羽毛の纏った種子が空中を漂う。
 種子が上昇気流に乗って、ゆったりと飛んで。
 小さな飛行旅行に、旅立つ。
 風力1は三ノットの風。
 三ノットの風は、隆山という街を吹き抜ける風。
 ふと、横に視線を向けると。
 楓ちゃんは、俺の肩に寄り掛かりながら、小さな寝息をたてていた。
 そんな幸せ、に。――ふっ、と笑みがこぼれた。


 そして、いつの間にか。
 俺と楓ちゃんは、既に秋の中にいた。


                               〈了〉

1998.9.20.UP


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