You're My Only Shinin' Star


 
 
 人には運命の星、と云うモノがある。
 その人が生まれた時には、その星は夜空に現れ。
 その人が行く末に悩む時には、その星は未来を指し示し。
 その人が寂しさを感じたら、その星はささやかな慈愛の星光を降らす。
 そして、その人が死ぬ時は、その星は夜空に流れる帚星(ほうきぼし)とな
り消えて逝くのだ。
 昔の人はそう考えていた。だから夜空は人の数だけ運命の星々が輝き、こん
なに美しいのだ、と。
 ――だけど。
 その星に激突されて死んだコトがある人間なんて、俺一人だろうし。
 その星に生き返らされた人間だって、俺一人だろう。
 随分と珍妙な、運命の星。思わず苦笑が漏れてしまう。
 五月雨堂の屋上――と云うか屋根の上。
 俺は何とはなく、夜空の星々を視線を彷徨わせる。横には古びた天球儀を置
いて。傾斜のついた屋根に背を預けていると、背中が冷たくて心地良い。
 前にスフィーと一緒に眺めて以来、こうして夜空を眺めることが多くなった。
 ついでに、考え事も。
 チリン、
 チリン、
 と夜風に揺れて、天球儀が澄んだ音を響かせる。
「けーんたろっ」
 聞き慣れた可愛い声が、届く。振り返れば、跳ね上げた天窓からスフィーが
ひょっこり、と顔を覗かせている。
 スフィー。俺の元にやって来た、魔法少女。
 見た目は幼い少女の風貌をしているが、本当は俺より年上の二十一歳――の
筈だ。コイツの言動を見ていると少々信じ難い、が。
「なになに? また星を見ていたの?」
 ぴょこぴょこ、と小さな躰が跳ねるように動いて、スフィーが俺の横にやっ
てくる。
「ん? ああ。ちょっとな……」
「ふーん。ね、あたしも一緒にいい?」
 その言葉に応える代わりに俺は躰を左に少しずらして、スフィーの為のスペ
ースを作ってやる。子猫のように俺の右側に寝そべる、スフィー。
「うわ〜っ、キレイな星空だね〜」
 無邪気に喜ぶ、スフィー。確かに綺麗な星空だ。夕方まで雨が降っていたの
で空気がとても涼しくて、澄んでいる。雲一つ無く、今夜は新月なのか一際輝
く月も無い。
 星影の野原。そんな言葉が頭に浮かぶ。
 その星原の中に輝く星が南の空に、ひとつ。
「ね。あの南の一番キレイな星って、なに?」
 スフィーもその星を見つけたらしい。
「フォーマルハウト――南の一つ星って呼ばれている星だよ。今の季節――秋
の唯一の一等星だな」
 天球儀と夜空を見比べながら、答える。
「ふーん」
 そう言いながら、暫くその星を見つめて、
「――なんだか、寂しそうな星だね」
 と、スフィーが呟く。
 秋空に輝く唯一つの、一等星。それは一際冷たく、孤独に輝く。
 星――フォーマルハウトを見るスフィーの顔が少し翳った。何を考えている
のだろうか。その横顔が年相応の大人びた感じに見える。
「ホームシックか?」
「……違うよ」
 顔が少し、俯く。互いに何も喋らない。
 沈黙に堪えられなくなって、星空を見上げると空の真ん中に大きな四つ星―
―ペガスス座が見えた。直ぐ近くにはアンドロメダ座と魚座もある。
 不意に。
「ね。けんたろ」
 スフィーが俺の顔を見つめて、
「あたしって、……けんたろの何なのかな?」
 訊いてきた。声音が僅かに、震えている。
 俺は真剣なスフィーの顔を見つめる。夜風が桜色の髪を揺らす。
 その表情を見ていられなくて視線を夜空に戻して。そして、静かに答える。

「エンゲル係数破壊の、妖怪食っちゃ寝」

 ごんっ。
 鈍い音が響く。スフィーが屋根に頭をぶつけたんだろう。

「幼稚さ丸出しの、傍迷惑な同居人」

 ずるーーーーっっ。
 服と屋根板が擦れ合う音。スフィーが屋根から滑り落ちかけているんだろう。

「空から振ってきた、突撃吶喊(とっかん)娘。魔法暴発しまくりの、騒音公
害お子様――――ええっと、まだあったっけ?」

 指を折りながら、俺は言葉を続ける。
 がりっがりっ。
 屋根板を爪で引っ掻く音。どうやら屋根から落ちずに昇ってきたらしい。
 暫くして。
「け〜ん〜た〜ろ〜ッ!」
 地獄の釜の底から響くような、声。
 俺が声の方へ視線を向けると、スフィーが睨んでいた。そりゃもう、殺しか
ねないような視線で。
「ううううう〜〜〜っっ」
 その瞳は、少し涙が浮かんでいた。そして。
「ばかばかばかばかばかばかばかばか〜〜っっ!!」
「痛て、痛て、痛てててててッッ! わっ、コラッ、爪を立てるなっ!!」
「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかっっ! けんたろのばかぁっ!!」
「わっ、悪かったッ、悪かったってばッ! ああッ、こらっ、魔法は止めろっ、
魔法はッッ!!」


 それから、一時間後。
「……やれやれ」
 溜息を夜風に溶かしながら、俺は再び夜空を眺める。あんな騒動の後なのに
星達は静かに輝いて、優しく俺達を見下ろしていた。
 俺の腕の中には、スフィーがいる。
 騒ぎ疲れたのか小さな躰を俺の胸に寄り掛からせて、静かに寝息を起ててい
る。その掌は俺のシャツを握り締めて。
 柔らかい桜髪を、俺は指で優しく梳く。
「ん……うりゅ……」
 眼を細めて、幸せそうな寝言。
 スフィー。俺の元にやって来た、魔法少女。
 俺より年上なのに、とても純真で。
 無関係な俺を、命を懸けてまで助けてしまうお人好しで。
 この小さな躰に想像がつかないぐらいの、悩みや想いを抱えていて。
 俺の心を癒して――懐かしく感じさせる不思議な存在。
 なぁ、スフィー。お前は知っているのかな。
 怠慢に、退屈に――無意味に過ごす筈だった、俺の時間。
 お前が俺の元に降ってきた時に、それは素晴らしいモノに変わった。
 驚いて、混乱して――そして心から笑えて、心から喜べた。
 全部、スフィーのおかげだよ。
 星影の野原。
 空に拡がる綺羅星。満天の、運命の星達。
 でも。
 俺の運命の星はこの夜空には無い。運命の星は、この腕の中に。

 You're My Only Shinin' Star ――君は僕の、輝ける運命の星。

 俺が生まれた時から、現れた素敵な――少し迷惑な、輝ける星。
 だから、こんなに懐かしく感じるんだ。ずっと昔から傍にいるような、当た
り前の感覚。
 何故だか解らないけど、涙が出てくる。嬉しくて。
 チリン、と天球儀が鳴って、南の輝くフォーマルハウトを指す。
「……スフィー」
 優しく頬を寄せて、囁く。
 ごめんな。素直になれなくて。――もし、言えば壊れてしまいそうだから。
 でも俺の本当の気持ちは、多分――、
「――あたしも、けんたろ」
「……え?」
 その言葉に驚いてスフィーを見る。
「んっ、むにゃ……けんたろ……あたしも……」
 ……寝言、なのか? 幸せそうにスフィーは俺の腕の中にいる。
 ――まったく。
 この寝顔を見れただけでも、今は良しとするか。そう思いながら俺は微笑み
を零す。こんな幸せをもたらしてくれた、小さな運命の星を見つめて。
 スフィーを抱えて部屋に戻ろうとしたその時。
 スフィーの左手の腕輪が、俺の右手の腕輪に触れて。

 チン、

 と澄んだ音を響かせる。腕輪はフォーマルハウトの輝きを映して、俺達二人
を繋いでいた。
 囁いた誓いを約束するエンゲージ・リング、のように。


                               〈了〉

2000.5.7.UP

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