ChangE the WorlD


 
 
 何時からだろう。
 目の前の世界が変化したのは。
 少女は考える。
 それはまるで夜空を見上げて見付けた眩い星、みたいに。
 それはまるで寒冬の朝に感じる暖かな陽射し、みたいに。
 それはまるで忘れていた歌の歌詞を思い出す、みたいに。
 不意に――突然な、変革。
 馬鹿馬鹿しい迄にこの変革を望んでいた。
 ――筈、だった。
 でも、求めようと思えば思う程、それは遠退いていき。
 もう駄目なんだ、諦めよう。
 と、思った途端に不意に自分の目の前に現れた。手を伸ばせば直ぐに触れら
れる程、驚くくらい近く、に。
 神様は意地悪、だ。
 ふと、考える。
 そんな考えを思い描いていると、ゆっくりと躰が深海の海底から浮き上がる
感覚が全身を包む。目が醒めようとしているのだ。
 そう思った時。
 無慈悲な現実の水面が、少女――八重花桜梨の意識に触れた。

 目が醒める。
 薄昏い自分の部屋の大きめのベッドに花桜梨は、いた。
 帰ってきた服装――高校の制服のまま眠ってしまったらしい。
 首を横の窓に向けると、空の淵が紅く滲んでいる。
 もう、夕方になっていた。
 掌を額にあてる。考え事をしながら眠った為か、少し頭痛がする。
 考え事。最近、多くなったみたいだ。
 学校に登校する時も。
 授業を受けている時も。
 大好きな屋上にいる時は、特に。
 その思考の先には、ある同級生の顔が浮かんでいた。いつも微笑んでいて、
怒ったコトなんか無いような顔。楽天的な性格でいい加減なところも、ある。
 でも。
 その表情の向こう側にある、直向きに努力している姿を花桜梨は知っている。
 そのさり気ない仕草の奥にある、深い優しさを花桜梨は知っていた。
「……だから」
 あの人は何時も微笑っていられるんだ。
 心の中で言葉を紡ぐ。彼はいつも微笑って、さらり、と受け流す。
 苦しみも悩みも――おそらく、哀しみ、も。
 花桜梨が悩んでいたことさえも、多分笑みで受け止めるだろう。彼なら。
 夕日はすっかり沈んでいた。僅かな光だけが花桜梨の視界に映る。
 スタンドのスイッチを入れよう伸ばした手を、止める。
 もう少し、こうして考えていたかったのだ。
 手探りでコンポのリモコンを探す。直ぐに見つかった。
 CDを動かす。昏い部屋にギターの旋律が聴こえる。歌声も。
 花桜梨が生まれるよりずっと前から歌っていた男性の、歌。


   I thought that you'd be loving me
   Thought you were the one who'd stay forever
   And now forever's come and gone
   And I'm still here alone

   あなたは私を愛していると思っていた
   いつまでも一緒にいてくれる人だと思った
   その『いつまでも』が来て、去り
   私は独り、ここにいる


 だから、私はあの人を信じたくなかった。
 花桜梨の胸の中に苦い染みが象る。


   It was you who put the clouds arund me
   It was you who made the tears fall down
   It was you who broke my heart in pieces
   It was you who, it was you who made my blue eyes blue
   Never should've trusted you

   あなたは私を雲で被った
   涙を溢れさせたのは、あなた
   私の心を粉々にしたのも、あなた
   この青い瞳を哀しみの青にしたのも、あなた
   あなたを信じたくなかった


 信じなけれれば、傷付かない。
 そう考えて日々を過ごしていたのに。あの人が現れた。
 不意に。突然に。微笑みを浮かべて。
 もう、いい。
 もう、いいの。
 差し伸べた暖かい掌も、あの人の優しい微笑みも見ないで目を背け続けた。

『そうやって、諦めるんだ』

 あの時の言葉。
 花桜梨は、ハッ、と息を飲む。
 そうだ。
 一度だけ、あの人は怒った表情をした。
 あんな顔、初めて見た。
 とても怒った――とても哀しそうな瞳を、して。
 心が痛くなるような、想い。その痛みは花桜梨の扉を激しく、叩いた。
 そして、世界が変わっていく。

 例えば、体育祭。
 走っているあの人を、我を忘れて大きな声で応援した。
 例えば、秋の散歩道。
 落ち葉が舞うカフェテリアで、あの人の姿を捜してしまう。
 例えば、修学旅行。
 満天の星空の下で、聞こえないささやかな想いを呟く。


   If I can reach the star
   Pull one down for you
   Shine it on the heart
   So you could see the truth
   Then this love I have inside
   Is everything it seems
   But for now find
   It's only in my dreams

   もし、夜空の星に手が届くのなら
   あなたの為に、ひとつ掴んで
   胸の上に飾ろう
   その輝きで心が透けて見えるように
   そうすれば、あなたにも解るはず
   私の心はあなたへの愛でいっぱいだと
   でも、今はまだ
   夢の中で想うだけ


『その大事な思い出の中に、俺はいるのかな?』

 修学旅行の夜空の下での、あの人の言葉。
 いるよ。――いるに決まっている。
 だってあなたが、私の扉を叩いてくれた。
 だってあなたが、私の世界を変えてくれた。


   If I can change the world
   I'll be the sunlight in your universe
   You would think my love was really something good
   Baby if I could change the world
   Baby if I could change the world

   もし、世界を変えることが出来るのなら
   あなたの宇宙を照らす太陽になろう
   私の愛が、かけがえのないものに思えるように
   もし、世界を変えることが出来るのなら
   もし、世界を変えることが出来るのなら


 曲が終わった。
 花桜梨はゆっくり、と躰をベッドから起こすと窓から見える夜空の星を瞳に
映した。
 あの時――、一緒に夜空を見上げた時から、ずっと考えていた。
 想っていた。
 今度は、自分が世界を変えるんだ、と。
 窓を開ける。
 冬の名残は既に過ぎ去り、暖かな夜風が花桜梨の頬を撫でた。
「…………うん」
 小さな、決心。
 あの人に私のことを話そう。全てを。隠さずに。
 場所は――中央公園が良いな。今なら桜がとても綺麗だろう。
 それがどんな結果を招こうとも、花桜梨は怖くなかった。
 大丈夫。
 あの人なら、微笑んでくれる。いつものように。――ひょっとしたら、怒っ
てくれるかもしれないな。
「……ふふっ」
 無意識に花桜梨の口元には笑みが綻んでいた。
 その綻びは、やがて来る新しい世界の変化を告げる旋律を奏でる。
 緩やかに、春風にのせて。

   Baby if I could change the world
   Baby if I could change the world
             ――――Change the World  


                              〈了〉
2000.1.3.UP

●文章中使用曲●
 Eric Clapton 『blue eyes blue』『change the world』
 以上二曲の歌詞を引用、及び自己解釈して使用致しました。



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